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第11回 ゴミ屋敷、猫屋敷

認知症治療30年の“ケアマネ医師”による介入困難事例へのアプローチ

第11回 ゴミ屋敷、猫屋敷

●社会から孤立しても、人格が変わっても、一緒に暮らし続ける家族

 くるみクリニックの西村です。

 最近は、テレビの情報番組にもゴミ屋敷が取り上げられることが多くなりました。皆さんの家の近くにもあるかもしれません。どうしてゴミ屋敷になるのでしょうか。いろいろな原因があると言われています。うつ病などの精神疾患や、ものが片付けられない発達障害の方、もちろん認知症の方でもゴミ屋敷になることがあります。

 何もないがらんとした部屋で一人孤独に暮らしていると、寂しくなって物で埋めようとする心理が働くようです。ゴミを分別したり指定の曜日に出したりすることができなくなって、単にたまっていくこともあります。また、道に落ちている、いろいろなものを拾ってきては、家にため込む人もいます。壊れた家電製品や、粗大ゴミで出されている古い家具、ネジや釘、パチンコ玉や壊れたキーホルダーなどなど。

 厳密に言うと、ゴミ屋敷ではありませんが、通信販売やお店で買ったものを大量に開封せずに放置しているケースもあります。段ボール箱が積み上がり、生の食品が入っている場合には腐っています。単にものを捨てられないだけであれば、介入するのは簡単です。ゴミの捨て方が分からないで困っている場合もあるので、ヘルパーが入ってゴミを捨ててあげると喜んでもらえます。

 しかしながら、その他のケースでは、ゴミを捨てられることを拒絶されることが多いです。そういう人は、「もったいない、まだ使える」と言うのです。戦後の物がない時代に、あるものを大事に使って暮らしてきた人たちなのでしょう。

 ゴミ屋敷がいっぱいになり、家の中で暮らすことができなくなり、「玄関先で寝ている人がいる」と民生委員から地域包括支援センターに通報があり、担当者が訪問、援助につながったケースがあります。80歳前後の女性だったと思います。民生委員の記憶では、以前には、おそらく50歳代ぐらいの息子さんと2人暮らしだったと言うことでした。2、3年前から息子さんの姿が見えなくなり、実質一人暮らしとなっていたとのことです。失禁はありませんが、入浴してない様子で、浮浪者のような体臭がします。髪もボサボサで、自宅のトイレが使えないので、公園のトイレで用を足していました。もちろん台所も使えませんので、郵便局で下ろしてきた年金で、コンビニのお弁当を買い、何とか生きてきたのでした。  

 この人は、アルツハイマー型認知症でした。まずはゴミの片付けから始めたところ、ゴミの山の下から変わり果てた息子さんの遺体が見つかりました。ご病気だったようです。最初の頃は、床に伏せっている息子さんに指示されて、コンビニで買ったお弁当を届けていたのでしょうが、息子さんの意識がなくなり、やがて息を引き取られても、どうしてよいのか分からなかったのでしょう。親子二人、社会から孤立していたのが原因です。

 また、似たような問題で、猫屋敷、というのもあります。野良猫に餌付けして、野良猫が集まってしまう現象です。これも、心が寂しい人が、心の拠り所にしようと思って猫を可愛がるようです。認知症で判断力が低下して、社会からも孤立して、癒しを求めて猫に餌付けしてしまうことがあります。猫だけでなく、野鳥であるカラスや鳩、スズメなどに餌付けする人もいます。近隣の方々にとっては、迷惑な話です。

 ゴミ屋敷でも猫屋敷でも、孤独が原因のことが多いので、社会に出て孤独を解消することが必要です。しかしながら、もともと非社交的で孤独が好きな人もおり、一筋縄ではいきません。世の中にはいろいろな性格の人がおり、人と交わるのを極端に嫌う人々もいるのです。

 認知症は遺伝しないと言いますが、認知症になりやすい性格は遺伝することがあります。もともと猜疑心が非常に強いとか、人と関わるのを嫌うとか、極端な性格だった人が、認知症になると、妄想や攻撃性、頑固さなどが顕著になる「人格の先鋭化」が起こります。物忘れなどの中核症状1)と違い、周辺症状2)として問題になります。


1)認知症そのものの症状。大脳の神経細胞が働かなくなり、記憶ができなくなったり、言葉が話せなくなるなど、「~できなくなる」マイナスの症状。


2)認知症に伴って起こる余計な症状。すべての認知症患者さんに起こるわけではありません。人格の先鋭化だけでなく、人格がまったく変わってしまう「人格変化」、認知症になったために周囲の人の態度が変わり、本人が不安になって起こる心因反応もあります。


 上記のような、一人暮らしで家族がいない人や、家族が介護しようとしない人3)の場合には、ある程度強制的に介入して、本人を保護しなければなりません。


3)家族がいるのに介護をしない場合は、ネグレクトと言う虐待行為に当たります。


  このため、施設に入所させることになるのですが、周辺症状の激しい患者さんは、家庭だけでなく施設でも介護が難しいことがあります。施設介護では難しいと医師が判断した場合には、認知症専門病棟へ入院させます。

 人格の先鋭化ではなく、まったく違う性格になってしまう人格変化の場合には、もう少し事情が複雑です。もともと家族と良好な関係にあって、友達もいて、社交的だった人が、別人のようになります。家族や友達と喧嘩をして、非社交的になってしまいます。それでも、昔のお母さんを覚えている家族は、何とか家で一緒に暮らしたいと考えるのです。

 認知症という病気は、発病してから、時間の経過とともに、いろいろな症状が次々に現れては消えていきます。長い経過の中で、家族や周りの人が困る症状が変わっていきます。最初は軽い症状でも、翌年には激しくなり、対応が困難な状態になってしまうことがあります。しかし、身近にいる家族は、症状が徐々に変わるので、慣れてしまっている場合があります。気がついたら、誰が見ても在宅介護が難しい状態になっているにもかかわらず、これまでの延長線上で一緒に暮らしています。そのような介護家族の方は、精神的に追い込まれて、うつ状態になっている場合があり、そうなると視野が狭くなり、思考が止まっており、ただ日々のことを黙々とこなすことだけで精一杯になっています。だから自分で気がつくことができません。誰かが教えてあげなければいけないのです。



認知症治療30年の“ケアマネ医師”による介入困難事例へのアプローチ

324円/1記事(税込) 毎月1日発行(著者および編集の都合により発行が前後することがございます)

筆者プロフィール

西村知香

くるみクリニック 院長

西村知香

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